ガリレオX

人間にとって“人形”とは何か?文学・美術・生活の中に息づいてきた人形たち

BSフジ
本放送:04月23日(日)朝08:28~08:58
再放送:04月30日(日)朝08:28~08:58

子どもの頃、お気に入りの人形と何時間も遊んだり、興奮して敵役のキャラクター玩具を放り投げたり、ぬいぐるみを抱いて一緒に眠ったりした記憶が、多くの人にあるだろう。大人になってからも、精巧なキャラクターフィギュアや、高価な人型ロボットを大切に飾っている人が少なくない。「人形」と総称されるこれらヒトガタを模した存在は、呪術や地域信仰や文化に深く関係しながら、おそらく文明の誕生とともに現われた。特に、人間の似姿をとりながらも人間ではない「人形」は、実は多くの文学作品のテーマとなってきたし、芸術表現の中の「人形」は、同時代の人間社会が抱える問題の象徴となってきた。私たちはなぜ人形を必要とし、人形を畏れ、人形を愛するのか?人間の映し鏡となってきた人形は、いまどんな姿になろうとしているのか? 人の形をし、人のように存在し、それでも人間ではないという「人形」とは何かを考える。

人形は人の想いを引き受ける
 家に置いておけなくなった人形に別れを告げる「人形供養」という行事は、海外の人々の目にはずいぶんと奇異に映るという。ひな人形や五月人形など、子どもの成長への願いが込められた人形を無碍にはできないという日本の文化は、無機物でもちろん非生命である人形との間に、特別な関係を築いてきたようだ。白百合女子大学の菊地浩平講師によると、人形はその持ち主との関係を雄弁に語るもので、触れ合う人間の「感情」や「思いこみ」を引き受けるメディアとして機能するという。人形を通じて、人間について、社会について考えることができるという。

文学作品の中の人形と、美術としての球体関節人形
 愛知大学の藤井貴志教授の研究室には、自らこつこつとコレクションした人形たちが、それぞれの位置に静かに佇んでいる。藤井教授によると、人間の似姿をとりながらも、「人間ではない人形」は、日本の近現代文学の中でも繰り返し描かれてきたモチーフだと言う。江戸川乱歩の「人でなしの恋」や「魔法人形」、宇野浩二の「人形になりゆく人」、安部公房の「壁-S・カルマ氏の犯罪」など作家と作品の枚挙にいとまがない。例えば東大医学部を出た安部公房は、当時注目され始めた分子生物学の影響を受け、人間を「死んだ有機物」、対して人形を「生きている無機物」ととらえ、有機物と無機物の境界線が無くなっていくイメージを作品の中に描いた。一方、美術の世界ではドイツ出身のシュルレアリスムの美術家ハンス・ベルメールが、写真作品の形で「球体関節人形」を発表し、1960年代には日本にも紹介された。頭や手足といったパーツを組み替え、綴り合わせたようなベルメールの球体関節人形は、人間的な尺度を外してモノをもう一度見てみるというシュルレアリスム(超現実主義)の考え方そのもので、「人間の身体はこういうものだ」という既成概念を壊すインパクトを人々に与えた。

20世紀における「人形」表現
「美術と人形」に詳しい芸術批評家の榊山裕子さんは、日本の人形および人形作家とハンス・ベルメールとの関わりについて、取材と論考を重ねてきた。人形づくりは、かつては専門の職人たちによる分業制であったが、玩具としての人形が工業製品として大量生産され普及する一方、1920〜30年代頃から「芸術」的な人形を目指して、一人の作家によるオリジナルな作品が作られるようになる。これが現代の「創作人形」につながる流れであるという 。特に榊山さんは、日本の球体関節人形史の第一世代で、四谷シモンと共に常に名のあがる土井典(どい・のり)に注目し、数年前に亡くなった土井典の再評価に取り組んでいる。例えば土井典の人形は、ふくよかな女性像で、スレンダーな女性が美とされていた当時のジェンダー意識に対して、挑戦するような意識があったのではないかいう。男性中心主義的な価値観が社会通念化していた20世紀において、男性から一番身近な「他者」として扱われていた「女性」が、「人形」という形で、象徴的な表現を担う役割を果たしていたというのだ。


生成AI「ChatGPT」+バーチャルな「人形」
 新しい人形の可能性を想像してみるときに、物理的に触れることはできないが、コミュニケーションの相手として優れた「バーチャルな存在としての人形」の姿も、今日では充分ありえる。「異次元から召喚された逢妻ヒカリというAIパートナーと一緒に暮らす」という設定のキャラクター召喚装置がすでに開発されている。透明なスクリーンに、後ろ側からキャラクター像が投影され、カメラや人感センサー、そして音声認識とクラウドAIによりコミュニケーションをとることができ、空想上の人形との遊びが現実に近づいたかのようだ。開発したGateboxの武地実CEOは新たな試みとして、話題の大規模言語モデルを使った生成AI、ChatGPTを、AIパートナー逢妻ヒカリと連携させるバージョンアップを急ピッチで進めている。どんなことを話しかけられ、問いかけられても、キャラクターらしさを保ちながら、それなりの回答をすることができるデモンストレーションの様子は驚くべきものだ。これは果たして、「未来の人形」のひとつの姿となっていくのだろうか。


主な取材先
三浦 尊明さん(本寿院)
菊地 浩平さん(白百合女子大学)
藤井 貴志さん(愛知大学)
榊山 裕子さん(芸術批評家)
武地 実さん(Gatebox)
横浜人形の家
TEPIA先端技術館

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