小惑星リュウグウに眠る“玉手箱”
2020年12月6日、小惑星探査機はやぶさ2が地球から約2億8千万km離れた小惑星リュウグウから“玉手箱”を持ち帰ってきた。それは、小惑星リュウグウの石のかけら。一見すると地球にもありそうなただの石のかけらだが、そこには生命誕生の鍵が眠っている可能性が高いという。それはまさに宇宙から贈られた”玉手箱”だ。さっそく動き出した初期分析チームの2つを追い、分析の手法を聞いた。
海の大量の水はどこからやってきたのか?
「リュウグウが帰ってきて、サンプル(リュウグウの石の試料)を受け取ったのが、2021年6月の前半なんですよ。それからもう土日はなくなりました。もう本当に昼も夜もない感じです。」
そう語るのは東北大学の中村智樹教授だ。中村教授が率いる「石の分析チーム」は高エネルギー加速器研究機構にある放射光実験施設、フォトンファクトリーで、はやぶさ2が持ち帰ってきた小惑星リュウグウのサンプルの非破壊分析を進めている。ここではX線をサンプルに当て、その反射をレントゲンのように写し撮ることで、含まれる鉱物の結晶構造を解析している。この実験でわかってきたのは、地球の表面の約7割を占める海の水が、やはり小惑星からやってきた可能性が高いということだ。
「リュウグウのような小惑星がどんな形で、どれぐらい水を持ってきたのか分析で明らかになる。今おこなっている実験で、それがわかります。」と中村教授は目を輝かせた。
小惑星二有機物アリ?
地球上のあらゆる生命は、炭素、酸素、水素、窒素などの元素から構成される有機物でできている。その有機物がなんらかの反応を繰り返して「生命」になった現場は、現在も海底にある熱水噴出孔だったという仮説が有力だ。しかし、そもそも生命の材料となった有機物はどこからやってきたのだろうか?この謎の答えを、リュウグウから持ち帰ってきた石の中に探しているのが同じフォトンファクトリーで「固体有機物分析チーム」を率いる広島大学の薮田ひかる教授だ。薮田教授はここで、これまで地球上に降ってきた隕石とリュウグウに含まれている固体有機物との違いを、最新のX線顕微鏡を使って比較している。隕石は、宇宙から地球に落下してくる際の熱と酸素でどうしても変性してしまうため、宇宙に石を直接取りに行くことのできたリュウグウはとても貴重な試料なのだ。そして薮田教授は、かつて原始地球に重爆撃のように降り注いだ隕石、つまり大量の小惑星こそが生命の材料物質である有機物を地球に持ち込んだのではないかと睨み、こう語る。
「リュウグウは微惑星という状態を経て現在に至ると考えていて、その微惑星というのが生命の材料物質を作る化学工場のような場所だろうと思っています。」
最後に鍵を握るのは鉄?
「鉄」は炭素や窒素、酸素、水素などと並んで、実はあらゆる生物にとって欠かすことのできない必須の元素だ。なぜなら鉄は、他の必須元素である酸素や硫黄などの物質と程よく結合するという特徴から、植物の光合成や生物の呼吸にも用いられており、非常に使い勝手の良い元素として生物に重宝されているからだ。
「鉄は酸化されるので、相手を還元できるんです。リュウグウではその時にもしかしたら水素を出して、有機物を作っているかもしれない。それが生命の起源につながるわけです。」
そう語るのは「石の物質分析チーム」に所属している東京大学の高橋嘉夫教授だ。高橋教授はリュウグウの石のかけらをさらに100nmというごく薄い薄片にし、フォトンファクトリーのX線顕微鏡を用いて、鉄の価数がどのような状態なのか見極めようとしている。
主な取材先
中村智樹さん (東北大学)
薮田ひかるさん (広島大学)
高橋嘉夫さん (東京大学)