ゾンビ、ホラーからエンターテイメントになる
理性も感情も失い、腐った死体のまま歩き回る化け物、ゾンビ。ホラー映画やホラーゲームの主役としていまでも恐怖の対象だ。だが、その登場から約100年が経ち、怖いけれども、滑稽だったり、面白かったり、親しみやすい存在としてそのキャラクターは変化してきた。例えばハロウィーンではゾンビはコスプレとして人気で、広島県の横川商店街では毎年、ゾンビに特化してコスプレやイベントを楽しむ、横川ゾンビナイトが開かれてきた。ゾンビはどんな存在なのか、イベント発案者の粟河瑞穂さんに話を聞いた。
ゾンビ学でゾンビを考える
ゾンビ学という学問がある。表象文化としてのゾンビについて研究するものだ。国際ファッション専門職大学の福田安佐子助教によると、映画に描かれてきたゾンビだけでも、その特質に大きな変化がみられてきたという。中でもゾンビが人を食べる「人肉食」が強調される背景には実は、大航海時代からはじまった植民地主義と、そこで生じた「キリスト教的価値観 vs 各地の民族文化」の軋轢があったという。いったいゾンビとどう結びつくのだろうか?また、新型コロナウイルス蔓延の渦中では、コロナ自警団のような匿名グループが個人の正義感を振りかざす現象が各地で起こった。ゾンビ映画はそうした、社会が綻びかけたときの人間の本性を映し出してきた。
日本ゾンビ史!?
意外なことに日本にも、ゾンビと類似する話が古くよりあったという。例えばそれは神話世界において、黄泉比良坂を逃げるイザナギを、腐りはてた姿で追いかけてくるイザナミの怖さは、そのままゾンビ映画だという。國學院大學栃木短期大学の伊藤慎吾准教授は、例えば平安時代初期に書かれた最古の仏教説話集「日本霊異記」には、死んだ男が蘇り、鬼となって夜な夜な人間を獲り喰らう話があるという。伊藤さんはこの、死んだ肉体に悪い死霊がとり憑いて暴れる「鬼」と、西アフリカやハイチ由来の、呪術師によって操られる「ゾンビ」との間には、文化的背景を超えたところに、ある共通点があると言う。
ゾンビフィッシュの華麗な泳ぎ
「死んだ魚も泳ぐことができる」と聞けば、そんなことはあり得ないと考えるのが普通だ。しかし、口を糸で吊った魚を乱流を起こした水槽の中に入れると、確かに生きているかのように泳ぐ動きをするのだ。広島大学大学院の栗田雄一教授は、これは生物の体全体が持つ機能性の作用で、「身体性」と呼ばれるものだという。ゾンビが意識や知性なくとも動けるのは、この身体性による動きなのではと推測する。栗田教授はまたゾンビの不自然な動きにも注目し、人間の自然な動きをアシストするロボティクス機器や、ウェアラブル・デバイスへの応用を考えているという。
ゾンビ猫ロボットは4足動物の夢をみるか?
1970年代の実験に、脳からの信号を遮断した猫、「除脳猫」の歩行と走行を記録したものがある。除脳猫は脳と脊髄の繋がりを脳幹で遮断されているにも関わらず、トレッドミルのスピードに合わせて、ゆっくり歩きから普通の歩き、そして走りへと歩容を変化させるのだ。これは動物の脊髄にあり運動を作り出す神経回路「CPG」が働くためだと考えられている。茨城大学大学院の福岡泰宏准教授は、このCPGを生物を模倣した4足ロボットにプログラムすることで、除脳猫のように脳からの信号がなくても歩き、そして走ることができる、いわばゾンビ猫ロボットの開発を進めてきた。するとなんと、歩容を一つしかプログラムしていなかったにも関わらず、本物の動物がおこなう全ての歩容を、ゾンビ猫ロボットはしてみせたという。それはいったい、どういうことなのだろうか?
主な取材先
粟河 瑞穂さん(横川ゾンビナイト)
福田 安佐子さん(国際ファッション専門職大学)
伊藤 慎吾さん(國學院大學栃木短期大学)
栗田 雄一さん(広島大学 大学院)
福岡 泰宏さん(茨城大学)