ニュートリノとは何か
私たちの身体、空気、水、星や銀河。宇宙に存在するすべてのものは、「素粒子」と呼ばれる極小の粒子からできている。
ニュートリノもその一つだが、電気をまったく帯びていないため、電気的な力の影響をほとんど受けず、地球さえも通り抜けてしまうという、極めて特異な性質をもつ。実はこの瞬間も、宇宙誕生直後に生まれた膨大な数のニュートリノが、何の痕跡も残さず私たちの体を通過しているという。
宇宙最小の物質で宇宙を見る望遠鏡
何もかもを通り抜けてしまうニュートリノを、ハイパーカミオカンデはどのように捉えるのか。
その鍵となるのが、地下の巨大空洞に設置される直径・高さともに70メートル級のタンクと、内部に満たされる約25万トンの水である。
ごくまれに、ニュートリノが水分子と衝突すると、肉眼では見えないかすかな青白い光が生まれる。「チェレンコフ光」だ。
壁一面に取り付けられた約2万個の光電子増倍管が、この一瞬の光を捉え、ニュートリノのエネルギーや飛来方向、その性質を読み解いていく。
装置を支えるのは、世界最高純度の「超純水」、性能が大幅に向上した新型光電子増倍管、そして30年間の長期運用を前提に設計された電子回路。
研究者たちの技術の粋が結集している。
太陽の“今”を知る
ハイパーカミオカンデが挑む謎は、宇宙の始まりだけではない。
太陽内部で起きている核融合反応も、その重要な研究対象である。
太陽の光が地表に届くまでには約10万年かかるが、ニュートリノはほとんど何にも邪魔されず、わずか8分で地球に到達する。
ニュートリノは、太陽の「今」をリアルタイムで伝えるメッセンジャーなのだ。
太陽ニュートリノを精密に測定することで、核融合反応の詳細や安定性、さらには太陽と地球の未来に関わる情報が見えてくる可能性がある。
なぜ、物質だけが残ったのか
138億年前のビッグバンでは、物質と反物質が同じ量だけ生まれたと考えられている。
本来ならば両者は対消滅を起こし、何も残らないはずだった。
しかし現実の宇宙には、物質だけが圧倒的に存在している。
このアンバランスを生んだ「わずかな違い」の正体として、ニュートリノが有力視されている。
ニュートリノが姿を変える「ニュートリノ振動」と、反ニュートリノの振動に、ほんのわずかな違いがあるのではないか。
その差こそが、宇宙と私たちの存在を生んだ理由かもしれない。
J-PARC × ハイパーカミオカンデ
この謎に挑むため、日本では二つの巨大施設が連携する。
茨城県東海村の大強度陽子加速器施設「J-PARC」から人工的に作られたニュートリノが、地球の内部を突き抜け、約300キロ離れた神岡のハイパーカミオカンデに到達する。世界最大のニュートリノビームと、世界最大の検出器。日本が挑む、かつてない規模の実験が、宇宙誕生の謎に迫る。
主な取材先
東京大学 宇宙線研究所

