人間の知性は動物や人工知能となにが違うのか?
動物の知覚世界は本能を中心としたものだが、人間は外界に対してそのモノ以上の「意味」を追加して知覚している。単なる分子の集合体である物理世界の情報から、なぜ主観的な「心」が生まれ、知性が生まれるのか?1970年に登場した認知科学は、「心」を同時代に現れた人工知能のプログラムになぞらえて記号的にとらえ、やがてそのAIに身体を与えてロボットブームがおとずれた。しかしAIもロボットも、まるでヒトのように振る舞うことはできても、ヒトの知性には到底及ばないという壁に突き当たり現在に至る。
表象を飛ばす!?プロジェクション・サイエンスとは
青山学院大学の鈴木宏昭教授は、これらの問題をブレークスルーする第3世代の認知科学として「プロジェクション・サイエンス」を提唱している。認知が身体から離れて外の世界にプロジェクション、つまり投射されることで、外の世界そのものが実現されていき、ヒトにしか作り得ないリアリティが出現するという考え方だ。人気のVRゲームも、ゴーグルを被って見える仮想世界へと身体ごと「投射」が起こり、そこでの感覚体験が再び自分の身体へと戻ってきてさらに投射が起こるというプロジェクション・サイエンスそのものだ。
悲鳴があがる?ラバーバンド錯覚
プロジェクション・サイエンスを研究している明治大学の嶋田総太郎教授は、「ラバーハンド錯覚」をその実験に取り入れている。人間の手そっくりに作られたゴムの手と、自分の手とが同時にブラシで撫でられると、ゴムの手が自分の手のように錯覚する現象だ。この「ラバーハンド錯覚」を用いた実験によって「バックプロジェクション」と名付けられた「投射の逆流現象」が見つかった。錯覚を起こしたラバーバンドの状態が被験者の自己身体に影響を及ぼすこの現象は、プロジェクション・サイエンスを掘り下げる鍵となるかもしれない。
プロジェクションは時空を越える
プロジェクション・サイエンスは宇宙開発にも貢献できるかもしれない。玉川大学の岡田浩之教授は、JAXAと産業技術総合研究所と共に月面ロボットへのテレイグジスタンスを研究している。テレイグジスタンスとは、対象と自分が遠く離れていながら、あたかもそこにいるような感覚を得る技術だ。地球上の人間が、VR技術を使って月面のロボットに自身をプロジェクションし、月面基地建設など、人間ならではの正確な建築作業が可能になる。地球と月との距離のせいでどうしてもかかる通信のタイムラグ問題も、プロジェクション・サイエンスの視点から生み出された技術に、解決の糸口がみつかりそうだ。
主な取材先
鈴木宏昭さん(青山学院大学)
岡田浩之さん(玉川大学)
嶋田総太郎さん(明治大学)