ヌタウナギはウナギにあらず
多くの日本人にとって、飲食店や鮮魚店でもほとんど目にしないこのヌタウナギだが、実は韓国ではお馴染みの食材だ。特に南部では屋台や露店でも提供されており、炭火焼きにしたヌタウナギの味はイカやホルモンなどにも例えられ、多くの人に親しまれているそうだ。しかし、焼いた時の見た目もさることながら、味はウナギとは全くの別物。さらに生物学的に見れば、ウナギは条鰭(じょうき)類で、ヌタウナギは円口(えんこう)類。つまり、ウナギとヌタウナギは、全く別の生物なのだ。
異形のワケ
ヌタウナギは魚類とは思えない様々な特徴がある。まず、多く動物にとって欠かせない感覚器である眼が退化している。ヌタウナギが生息するのは光が届きづらい深海であるため、洞窟で暮らすコウモリや、地中のモグラと同様に光に頼ることをやめる方向に進化を遂げたと考えられている。さらにヌタウナギには、上下に開く『顎』がない。実は顎がない脊椎動物は、ヌタウナギと同じ円口類に属するヤツメウナギだけ。そしてこの円口類は、あらゆる魚類の中でも最も原始的なグループと考えられているのだ。
知られざる生態
これまでの研究で海底の小さな甲殻類や、動物の死骸を食べていることがわかっており、海底環境の正常化を担う生物と考えられていることから『海の掃除屋』、『海洋スカベンジャー』とも呼ばれている。しかし深海での暮らしぶりについては、ほとんど何もわかっていない。そこで水槽での長期の飼育実験が行われ、そこから寿命や成長速度が明らかになってきたという。
見えずとも、匂いは漂い、残る
私たちは日常生活で、あまり『嗅覚』に頼って生活をしているとはいえない。なぜなら匂いは風でかき消され、また離れるほどに弱くなってしまい、どこまでも見通すことができる『視覚』に比べればその情報量に圧倒的な差があるからだ。しかし水の中、とりわけ深海においては、空気中と比べてその拡散方向が限定的だ。さらに匂いは、たとえ移動してもその場に漂い続けるため、発生源がその場に居たことを示す『四次元的な情報』であるとも言える。そのため、たとえ目で見えないところに逃げた獲物も、匂いから辿ることができるのだ。ヌタウナギが深海での暮らしで嗅覚を頼りにしているのは、そんな理由もあると考えられている。そして、このヌタウナギの嗅覚から、これまで不明だった脊椎動物の嗅覚の起源がわかってきている。
そこに『意識』は宿るのか?
脊椎動物の進化の歴史の中で、ヌタウナギを含む円口類はかなり初期に分岐したグループと考えられている。そしてその脳の大まかな構造は、同じ魚類だけでなく両生類、爬虫類、鳥類、そして我々を含む哺乳類にまで一貫して共通しているのだ。さらに、あらゆる脊椎動物には、一貫して経験から学習する能力はあると考えられており、もしこの学習能力がヌタウナギにも認められれば、私たちが『意識』と呼ぶものを持ち得るための脳の構造を明らかにすることができると考えられている。
主な取材先
山口 陽子さん(島根大学)
鈴木 大地さん(筑波大学)






