手作りスーパーコンピュータ「GRAPE」
かつて天文学者は自らで望遠鏡作り、宇宙の謎をさぐる研究を始めた。それと同じようにGRAPEというスーパーコンピュータも、宇宙の謎を探るために天文学者の手によって手作りで開発された専用計算機だった。「え。こんなこと自分でできるの?って。自分で配線するみたいな。本当モノづくりって感じでしたかね。」そう話す国立天文台の小久保英一郎さんは、今もこの手作りコンピュータが目指したコンセプトは色褪せていないという。「重力の計算だけを。それに特化させることで安く作れてそれでもスーパーコンピュータ並みの性能が出せるっていう。」
1995年、そんなGRAPEは世界最高速を達成し、専門家を驚かせることになる。
「GRAPE」の開発をスタートさせた天文学者たち
GRAPEの開発を始めたのは当時、東京大学に所属した個性豊かな4人の天文学者だった。
開発の目的は、開発のリーダーで東京大学の教授を務めた杉本大一郎さんが理論的に予言したある現象を証明することあった。しかし、その現象を証明するために必要な計算性能は当時のスーパーコンピュータの約1000倍だったのだ。
当時大学院生でGRAPE開発の基本設計を担当した神戸大学の牧野淳一郎さんはこう振り返る。「ずっと計算機っていうものができてからですね10年で100倍速くなるということがあったので。15年待っているとそれぐらいの計算ができるかもしれないけどちょっと遠いよねと。」
そして杉本教授はある決断をする。「その当時のスーパーコンピュータじゃ間に合わないと。じゃあどうするか。自分で作っちまえと。」はたして彼らはどのように自らでスーパーコンピュータを作り出したのか?
第一号機「GRAPE-1」
4人の天文学者によって第一号機であるGRAPE-1が完成する。その基板の裏を見てみると、電子回路をつなぐ数千もの配線が張り巡らされていた。それらの配線作業をすべて手作業で行なったのが当時大学院生だった千葉大学の伊藤智義さんだ。「単調な作業を誰もいない部屋で、深夜続けていくわけなんですけども。なかなか大変だったですかね。」
そして完成したGRAPE-1は鮮烈なデビューを飾ることになる。当時助手を務め、開発をマネージメントした理化学研究所の戎崎俊一さんはGRAPE-1の登場によって、これまで実現できなかった様々な宇宙のシミュレーションが実現できるようになっていったという。「20万円で、すごい高いスパコンと同じ性能を実質的には出すよという。画期的だったと思いますね。その中で非常に沢山の大事な計算をしたと思いますね。」
はたしてGRAPE-1のシミュレーションによってどんな宇宙の謎が解き明かされたのか?
世界最高速を目指した「GRAPE-4」
しかしGRAPE-1の完成は、開発プロジェクトの入り口に過ぎなかった。杉本教授が予言した現象を証明するためには、当時の1000倍の計算性能が求められてからだ。
そして後継機であるGRAPE-4の開発が始まった。GRAPE-4の設計を担当した理化学研究所の泰地真弘人さんは、これまでの手作りの計算機開発に比べ、より精密な設計が求められるLSI(大規模集積回路)の開発に挑戦した。「普通の回路設計と違ってとにかく1か所間違えると大変なことになってしまいますので。開発に必要だった何千万のお金がぱぁになってしまいますので、非常に精神的によろしくないなというふうに思った覚えがあります。」
1995年、GRAPE-4が完成し、当時の世界最高速の計算性能を達成する。そしてついに杉本教授が予言した現象を証明するためのシミュレーションが始まった。
現在に引き継がれるGRAPE開発
天文学者が手作りで行ったスーパーコンピュータ開発。リーダーを務めた杉本教授は、開発に関わったメンバーたちは、その後様々な分野へ研究を広げ活躍を続けているという。「結局私がしたことはGRAPEシステムというものを作る種をまいた。大きく育てたのはそこにいた若い人たちね。GRAPEはいわば進化させて、色んな成果を出したと。」
その後、各々の開発メンバーはGRAPEを天文学以外の計算に応用する研究を進めていった。その研究分野は多岐に渡る。今も最先端の科学研究で活かされているGRAPEの技術とは?
主な取材先
杉本 大一郎さん(東京大学)
戎崎 俊一さん(理化学研究所)
伊藤 智義さん(千葉大学)
牧野 淳一郎さん(神戸大学)
小久保 英一郎さん(国立天文台)
泰地 真弘人さん(理化学研究所)
大野 洋介さん(理化学研究所)